Wednesday, 17 May 2017
詳しい当時のVRML開発についてのことが知りたいです。
拝啓
このブログ記事でワンダーツー株式会社を知ったのですが、今の業務ではなく、昔、さぱりを一人で開発したという時のことについて知りたいです。
今はX3Dやその他の3D言語がまだ開発されていますが、サイト内に3Dモデルを埋めたりするためだと思います。僕は直接さぱりのチャットを経験したことはないんですが、そのワールドのデザインにはずーっと興味を持っています。
結局最終的にソニーの研究所がCommunityPlaceなどをやめたのは使う企業が少なかったからなのでしょうか。長い間VRMLやX3Dの使い道を考えているうちに仮想ワールドはあきらめたんですが、商品をインターネット上で公開するのに役立つと思いました。
というように、さぱりやGCOのファンではない今、このVirtualSocietyのさぱりをどのように一人で制作したのかが知りたいです。そしてCyberPassageなどのソフトをなぜソニーCSLが開発したのかも知りたいです。ウェブアーカイブには何かの博士が始めたということを読みましたが、それがわかればとても嬉しいです。
敬具
NSK
22・07
http://nomano.shiwaza.com/tnoma/blog/archives/008794.html
野間と申します。今回はご連絡ありがとうございます。
なにせ20年も前のことなので記憶が曖昧なところや多少脚色等入っているかもしれませんが、ざっと
お話します。
・Cyber Passage開発の経緯
Cyber Passege(のちの Community Place)はソニーのアーキテクチャ研究所で開発されたサーバー・クライアント群です。当時CSLの暦本純一さんや、現在CSLの所長の北野さんもコンセプト段階で関わっています。
https://lab.rekimoto.org/members-2/rekimoto/
Cyber Passage Bureau(サーバー)、Cyber Passage Browser(VRMLクライアント)で構成されていました。
VRML (Virtual Reality Modeling Language)の開発も同時に行い、当時SGIなど他社と一緒に仕様策定していました。それぞれの会社でその仕様の実証としてソフトウェアを開発しており、SGIは cosmo playerというVRMLブラウザを出していました。
WebブラウザがIEやNetscapeがしのぎを削っていた時代で、次世代の3Dコンテンツのブラウザでも同様に競合、トップシェアをとるために競争していた背景があります。
アーキテクチャ研究所ではブラウザ開発に終始し、コンテンツ開発が追いつかなかったために、当時ソニーのワークステーション部隊、その後のVAIO開発部隊になる私の所属する部署が応援としてコンテンツ開発に乗り出しました。
といってもアサインされたのは私一人で、私ひとりアーキテクチャ研究所に乗り込んでコンテンツの開発を行うことになります。
私が担当したコンテンツは、
・Circus Park
・さぱり
・さぱりミレニアム
となります。
なお、Cyber Passageは商標がとれなかったため、正式リリース時にCommunity Placeに名称変更、商標登録を行ってます。
・3Dコンテンツ開発
開発方法は以下の手順です。
3Dモデリング(dxf形式)
dxfからvrmlへコンバート(モデルのみ)
vrmlでオーサリング(動きをつける)
主にJava(当初はTcl/Tk)でプログラミングし、動作をつけます
Community Placeで動作確認
サーバー・クライアント環境のため、複数台のPCで動作チェック
3Dコンテンツ公開
オフィシャルサイト公開、ユーザーグループの管理運営(Web)
3Dコンテンツ内でのユーザーコミュニケーション、サポート
モデリングはデザイナーにお願いしましたが、dxf形式ファイルを受け取ったあとの製作は私が
一人で担当したという流れです。企画自体、ディレクションも私が担当しています。
・3Dコンテンツの問題点
ソニーに限らず当時の3D、VRMLというのはPCの処理能力が不足して表現力という点ではすでに
普及していたPlayStation(PS1)に及びませんでした。
マルチユーザーという観点でいえばインターネットの爆発的普及は2000年以降となるため、その点でも
ユーザー数の伸びは見込めないマーケットです。
そこでVAIOにプリインストールするという手法により、「さぱり」は数十万ユーザーを獲得に成功しました。
しかし拡大するユーザー数に対して確たるビジネスモデルは存在せず、サーバー費用、運用費用がふくらむだけでした。
その後「さぱり」は私の手を離れ、So-netへ移管、有料化されます。しかし無料だったものを有料化することでユーザーが反発、激減したことでコミュニティは崩壊。収益もほとんどあがらず、その後閉鎖に追い込まれます。
現在3Dコンテンツが再び脚光を浴びていますが、処理能力が高くなっているだけでもともと内包する
問題点は変わっておらず、ビジネスモデルの確立など依然課題は変化していないと私は感じています。
以上ざっとですが、参考になれば幸いです。
とても参考になりました。そしてこれからもこの歴史を研究していきたいと思っています。
ありがとうございます。